顎関節症におけるマウスピースの効果

投稿者: | 2014年8月9日
先日、日本経済新聞にマウスピースの効果について信じられない記事が掲載され衝撃を受けました。

 
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【理解に苦しむ点】
某歯科医院の宣伝内容で、
  1. マウスピースでヘルニアや坐骨神経痛など150もの疾患や症状が治癒したり改善すること。
  2. マウスピースが保険適応外で高額であること。
の2点です。
マウスピースは、保険診療では咬合挙上副子の名称で保険適応されています。

【正しいと思われる点】
マウスピースを装着することで下顎の位置が矯正されるとある点です。
矯正の意味は、欠点・悪習などを正しい状態に直すことです。

それならば、症状が出ていない人は、全て下顎の位置が正しいと言うことになります。そんなことはありません。厳密に言いますと、上顎と下顎を連結する顎関節にとって解剖学的に理想とする形で噛みしめている人は、殆どいません。それなのに、大部分の人は、生涯を通し何ら問題なく過ごしています。

噛み合わせには、顎関節のベストポジションが理想ですが、車のハンドルと同じように”遊び”があり、微妙なズレがあったとしても、それによって発生するダメージを最小限に回避するシステムがあります。
勿論、人によって僅かな噛み合わせのズレでも時間の経過とともに様々な症状が出ることも事実です。

私は、マウスピースによる治療は、極めて有効な治療法と思い長期にわたり採用して来ましたが、新聞によると消費者庁が宣伝に根拠なしで、景品表示法違反で問題の歯科医に再発防止などを求める措置命令を出したとありましたが、理解に苦しんでいます。
どの様な150の症状かは知りませんが、マウスピース治療の守備範囲の症状であれば、効果なしとは考えられません。

マウスピース・噛み合わせ及び顎関節症について、私の見解を記します。
 

脳からの指令と下顎の動き

下顎の動きは蝶番(ちょうつがい)の様な回転運動(上下)と滑走運動(前方・側方)の3次元運動です。これは身体の他の関節(肘・膝・腰その他)と全く異なった運動で、最も大きな特徴は、機能時に重力を関節そのものが受けないことです。腰や膝は、重みを支えながら動くような構造になっています。
正しい噛み合わせの歯や義歯は、噛みしめた時の重力(咬合圧=最大で体重ぐらい)は関節に全くかかりません。もしも何十キログラムの重さを顎関節が受けたら破壊するほどの華奢な構造になっていますが、身体のどの関節よりも自由度の高い運動が可能になっていることが最大の特徴です。
咬合圧は、どこに消えたのか。
咬合圧は、関節部でなく歯や義歯を介して上顎と下顎の骨が受け止めているのです。

正しい噛み合わせであれが、咀嚼中も噛みしめた時も顎関節には、重力はかかりません。
正しい噛み合わせが、関節そのものを保護しています。
口を開けたり顎を前方に滑走させたりする時も、関節に重力は加わりません。

 

顎関節症について

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【図1】

噛み合わせの悪い歯(高い噛み合わせ)が1本あるとします。噛みしめた時に、その歯を支点としたテコの作用が発生し、結果、異常運動がおこり、顎関節を作っている下顎頭(顆頭)が関節窩(図1)を圧迫することで、後方の神経も圧迫されたり関節を包んでいる靭帯等に損傷が起こり捻挫の症状と疼痛が発生し、口が開き難くなり、それに伴い咀嚼に関連する首・肩及び姿勢を維持する背中や腰等の口以外の全身にも不快症状が発生します。

これが顎関節症です。

勿論、生体は、それを回避するために脳からの指令により安全域に下顎をシフトしますが、それまでと違う環境が(例えば、支えとなっていた歯が喪失したり被せ物が脱落したり噛み合わせの合わない義歯やブリッジや被せ物の装着)発生することで、限界を超えて突然に強い症状が出ることがあります。

その人の顎関節にとって理想の位置(ベストポジション)で噛み合うよりも、障害を避けるために働き続ける咀嚼筋や咬合に関連する首や肩等々の筋肉の仕事量が増え疲労が蓄積します。時間の経過とともに様々な症状が出ます。

上述の150の疾患の全てが噛み合わせが悪いことにより発症することが医学的に証明されているのであれば、下顎の位置を矯正することで症状が改善されることは、不可能では有りません。

噛み合わせが原因と診断されれば、後は、月に1~2回の通院で、マウスピース及び噛み合わせの調整を同時に行なうことで、症状の改善が早くなります。
マウスピースを装着しただけでも一時的に関連する筋肉の緊張がとれますので楽になった感じがします。
マウスピースは、初期の段階では、基本的には1日のうちで食事時間以外の時間帯で装着してもらいます。装着している時間が長いほど改善が早くなります。ただし神経質になることはなく、外したいと感じたら外しても良いのですが、夜間は100%装着して下さいと伝えています。
治癒期間は、症状が出てから来院されるまでの期間が短いほど早く、数十年の方は、1年以上を要したケースも多数あります。
途中で、治らないのではと諦めて来院されなくなった患者さんもいましたので、100%治したとは思っていません。歯ぎしりや、くいしばりも原因の一つです。
いずれにしても、問題の症状が噛み合わせに関係するか否かを判定することが、先決です。

30年以上前からマウスピース治療に取り組んできましたが、初診時に、当院の顎関節症状に関するアンケートに記入して頂き、原因が噛み合わせに関係していると予測される場合は、次に私の手で患者さんの下顎を保持し理想とする位置に誘導し、現在の習慣的位置とのズレの大きさや顎を動かす筋肉(咀嚼筋)の触診、下顎を前方・側方・後方に動かすことにより発生する関節音や関節痛および歯と歯の当たり具合を診ることで、噛み合わせによるものか否かを判定しています。

 

マウスピースの役割

初診時に顎関節の疼痛が激しい場合のみ、苦痛を和らげる為に特効薬を投与しますが、それ以外で薬を使うことは、これまでありません。
マウスピースが装着されますと、上下顎の歯と歯が直接的に接触することがなくなり、悪い噛み合わせの脳への情報が遮断されますので、それまでの習慣的噛み合わせに影響されること無く、顎関節優先(快適な状態)の、患者さん本来の左右の筋肉のバランスのとれた位置に下顎が無意識で自動的に徐々に移動します

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【図2】

下顎は、顎関節で側頭骨と連結し咀嚼筋によって安静時には、マリオネットのように常に重力の方向にブラさがった状態(図2)にあります。

それまで無理な働きを強いられていた関連筋肉は、仕事量が減り緊張もとれ全身的にも疲労の少ない楽な顎運動をすることが出来るようになります。
結論として、筋肉を本来の状態に戻しリラックスした状態を恒久的に維持する為には、上下の歯が全て均等な圧力で噛み合うようにしなければなりませんし、それが歯科医の究極の目的で、噛み合わせ調整や総義歯や被せ物・ブリッジ・インプラントは、それを具現化したものです。
来院時のマウスピース及び歯の微調整なしに、ただマウスピースを装着いているだけで治ることは考えらえません。それほど簡単な治療ではありません。

歯科界では、噛み合わせが顎関節症と関係ないと言っている学者やその一派もあります。これまでに、どれだけ長期にわたり精度の高い噛み合わせ治療を行ない、その結果を検証して来たか疑問を感じています
彼らは、精神的なものが原因で関連薬剤の投与や筋弛緩薬の投与治療等を行なっています。
ストレス等も発症の誘因の一つではあることは否定しませんが、元々噛み合わせのズレがあったことは間違いなく、症状は出ていなかっただけです。小さな原因の積み重ねが限界に達した頃に、年齢や免疫力の低下等のきっかけで発症することが殆どです。
その頃、精神的ストレスがあったり、何か硬い物を噛んだ後から症状が急激に出たりすると、それが原因の全てと思い込む患者さんが殆どです。
数ミクロンから数十ミクロンの僅かな噛み合わせのズレでも大きな症状が出ることを知ってもらいたいと思っています。
たとえ1本の歯の詰め物といえども、他の歯と協調して咀嚼機能に参加していますので、疎かには出来ません。
従って、我々歯科医師にはミクロン単位の精度の高さでの噛み合わせ調整や被せ物・詰め物・義歯等の作製が求められています。

 

咬合異常による全身への影響に関する記事も併せてお読みください。
顎関節治療について

 
 
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横浜市青葉区青葉台の川原歯科医院